松江の近代建築について
建築当時の藤忠ビル
奥谷界隈の町なみのイメージは江戸期の町家が残り、町なみの背景にあるお寺や神社の山や緑に囲まれているといったものでしょうか?
その一角に洋館建物の島根大学旧外国人宿舎があり、微妙な味わいと変化を与えてくれています。この外国人宿舎もふくめ松江に散見される近代建築は、当時の高い技術と経済力により建設されたものたちです。
今も松江に残る近代建築は、まちのシンボルとしてあるいはランドマークとして存在し続けてきたものたちです。
近代建築の多くは正当な評価をされないまま、老朽化と経済原理のもとに1つ又1つと姿を消していっています。
当時の建築家の思いを伝えるもの、大工・職人の創意工夫と粋を伝えるもの、そして世代を超えて存在し続けている「力」と「歴史」を伝えるものとして、近代建築も残すべき文化の一つであると思います。
“松江の代表的な近代建築と洋館”
<現存するもの>
田野産婦人科(明治4年)、興雲閣(明治36年)、愛隣館(明治後期)、浅野小児科(大正元年)、旧日本銀行松江支店(昭和13年)、かげやま呉服店(明治36年)、山陰合同銀行北支店(大正15年)、
出雲ビル(昭和3年)、福寿苑(昭和初期)、とらや洋品店(昭和初期)、山陰合同銀行本店(昭和28年)
<消失したものの記憶に新しいものたち>
しまね信用金庫本店(昭和元年)、藤忠ビル(昭和2年)、尾原呉服店(昭和8年)、旧松江温泉駅(昭和3年)、
建築家 金坂 浩史




