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お醤油の匂い

投稿日:2009年2月17日(火)

img_49581983年に公開された角川映画「時をかける少女(主演:原田知世)」(注1)。

ある出来事をきっかけに時間を移動する能力(タイムリープ)を身に付けてしまった少女、芳山和子。二人の幼馴染(深町一夫、堀川吾郎)との間でゆれる乙女心を、監督 大林宣彦が故郷を舞台に撮影した青春ラブストーリー。

この映画は、匂いが重要な要素となっている。

タイムリープのきっかけとなるのは、ラベンダーの匂い。
理科室で偶然その匂いをかいだ和子は、能力を身につけてしまう。

ラベンダーは男性的な香料として、古くから重用されてきた植物。
そこには明らかに、性の目覚めへの隠喩が読み取れる。

しかし監督は、映画のオリジナルとして、それと相対するもう一つの匂いを用意していた。
それが、醤油の匂いである。

映画の中盤、芳山和子は、幼馴染の堀川吾郎に借りたハンカチを返すために彼の家(醤油屋堀川)をたずねる。照れているのか黙々と働き続ける吾郎に対して和子は、こう言う。

「私、この匂い好きよ、お醤油の匂いって何だか優しくって・・・。」
そんな和子に対して吾郎は、あくまでもそっけない。和子は重ねてこう言う

「そのハンカチ、お醤油の匂いがいっぱいしたわ。」
しかし吾郎は、匂いのことを言われるのが恥ずかしいらしく、いよいよ寡黙に杉桶を洗い続ける。

タイムリープという事件に巻き込まれなければ和子は、確実に醤油屋の若女将となる未来が約束されていたはずである。しかし彼女は、かなわぬ恋に従属する人生を選ぶ。

大林はおそらく和子の“心の揺らぎ”を際立たせるために、平凡な幸せの象徴として“お醤油の匂い”(注2)を用意したのだろう。

16歳の原田知世をして“好きよ”と言わしめたその匂い。
“優しいお醤油の匂い”を求めて、その野望を果たすきっかけを松江のまちは与えてくれた。

石橋三丁目のバス停から千寿院へ至る入り口に位置する「蔵元カネモリ醤油(明治8年創業)」。
そこには吉野杉で作られた仕込み桶が80ヶほどあり、今も昔ながらの製法で醤油を作り続けている。
ベンガラ色のトタンに包まれた蔵の辺りには、むせ返るような醤油の匂いが漂っている。

きっとあのハンカチからもこんな匂いがしたに違いない・・・。

 
ラベンダーに頼らずとも時空を越えることができるこの“まち”の底力を、また見つけたような気がした。

 

 

注1)原作は、1967年に刊行された筒井康隆のジュブナイル小説。たびたび映像化されているが、主なものは1983年角川映画「時をかけける少女(監督:大林宣彦)」、2006年アニメ映画「時をかけける少女(監督:細田 守)」などがある。

注2)原作には醤油屋の設定はなく、たまたまロケ地となった醤油屋の屋号が堀川であったために、登場人物の氏名を原作の浅倉五郎から堀川・・へと変更してしまった。ちなみに、美術セットとして作られた堀川の看板は、今も店で使われている。