城下町松江を歩いてみよう、その1
鉤型路(松江市寺町)
●受け継がれる「城下町の骨組み」
グラフィック・デザインの仕事で,月に数回松江に通う生活ですが,かつては城下町松江の都市計画の歴史を研究するつもりで,松江の大学に在籍していました. 最終的には別のテーマで論文を書いたものの,今でも松江の市街地を歩くとき,思い浮かぶのは江戸時代以来の城下町松江の歴史です.
江戸時代の初め,城下町が整備されて間もないころの松江を描いた絵図が,今に伝わっています.《堀尾期松江城下町絵図》(島根大学附属図書館所蔵)は,城下町の整備に着手した堀尾氏が松江藩を治めた時代の,1620年から33年の間に描かれたと考えられています.
この絵図をひと目見て驚かされるのは,松江城を取り巻いて現在の中心市街地に張り巡らされた道路網のほとんどが,すでに描き尽くされていることです.後の時代に市街地が大火に見舞われたり,道路が拡幅されたりすることはあっても,松江の人々は,およそ400年前に作られた城下町の骨組みを受け継ぎながら市街地を維持してきたのです.
● 城下町の面影を探しに
松江と同じく江戸時代に整備された全国の城下町の中には,特に明治以降,鉄道の開通や近代的な都市計画の導入,あるいは空襲による被災などをきっかけに,市街地の大改造に踏み切った例が少なくありません.その意味で松江は,城下町の名残を市街地の随所に多くとどめる貴重な都市です.
城と城下町を囲む堀も,一部埋め立てられたとはいえ,ぐるり1周する観光遊覧船が就航するほどによく残されています.今日島根県庁がある場所は,藩庁と藩主一家の住まいを兼ねていた松江城三の丸でした.この地方の政治の中心地は,実に400年も同じ場所に置かれているわけです.
また,十字路にしてもよさそうな交叉点でも,微妙に筋違えになって直交していない箇所が,市街地のあちこちにあります.これは鉤(かぎ)型路と言って,いざ 城下町で合戦となって敵軍が押し寄せても,松江の地理に不慣れな敵にスンナリとは兵を進めにくくするための工夫.まさに武士が作り治めた城下町らしい,軍事的な配慮の好例です.
《堀尾期松江城下町絵図》(島根大学附属図書館)
http://www.lib.shimane-u.ac.jp/0/collection/ezu/
石川 陽春
いしかわ・きよはる:グラフィック・デザイナー.1977年生まれ.島根大学大学院人文社会科学研究科修士課程修了(日本近代建築史).小泉八雲の研究・顕彰団体「八雲会」サイトの4月開設に向けて作業中.作品「島の写真屋アートプロジェクト」活動報告書デザイン,島根県芸術文化センター「グラントワ」サイトリニューアル,「松江ゴーストツアー」チラシ.八雲会会員,山陰日本アイルランド協会会員. http://ishikawakiyoharu.info/




