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	<title>奥谷タイムトンネル：古くて新しい島根をさがしに &#187; 石川 陽春</title>
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	<description>2009年3月6日（金）—22日（日） 島根県松江市 島根大学旧奥谷宿舎周辺地域</description>
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		<title>城下町松江を歩いてみよう、その2「奥谷町・石橋町を行く」</title>
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		<pubDate>Tue, 03 Mar 2009 03:14:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>石川 陽春</dc:creator>
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		<description><![CDATA[奥谷タイムトンネルの舞台地となる奥谷町は，堀尾氏が松江藩を治めた時代，主に中級武士の屋敷が並ぶ町として作られました．今でも大小さまざまな規模の住宅が，自動車の通行を想定していそうもないほど細い路地に面し]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="attachment_691" class="wp-caption alignleft" style="width: 310px"><img class="size-medium wp-image-691" title="jokamachi_3" src="http://okudani.dokodemo-museum.com/wp-content/uploads/jokamachi_3-300x168.jpg" alt="奥谷町の街並み" width="300" height="168" />
<p class="wp-caption-text">奥谷町の街並み</p>
</div>
<p>奥谷タイムトンネルの舞台地となる奥谷町は，堀尾氏が松江藩を治めた時代，主に中級武士の屋敷が並ぶ町として作られました．今でも大小さまざまな規模の住宅が，自動車の通行を想定していそうもないほど細い路地に面してひしめきあっています．「ひょっとして江戸時代の屋敷の門の一部じゃないか?」と思しき建物にも，いくつか出会います．</p>
<p>奥谷町の東に隣接する石橋町は，堀尾氏，京極氏の後に松江藩を治めた松平氏の時代に新たに作られた町人の町です．道路に面して立ち並ぶ蔵の数々を見ながら，蔵からかすかにただよう醤油のにおいに気づくたび，「昔この町を行き交った人々と同じように，私も今，視覚や嗅覚をはたらかせているのかも知れない」と思われてきます．</p>
<p>全国でも数少ない創建当初の姿で現存する天守閣のひとつである松江城の天守閣や，古い街並みを今によく伝える塩見縄手も，城下町松江を存分に楽しめるスポットとして見逃せないことは，言うまでもありません．しかし，何気なく素通りしてしまいそうな街角にも，観光客の姿がほとんど見られない住宅地にも，実は城下町の魅力がたたずんでいます．</p>
<p>町に点在する奥谷タイムトンネルの各会場を訪ね歩くときには，そんなことも頭の片隅に置いてみて下さい．</p>
<p>参考文献</p>
<ul>
<li>松尾寿『城下町松江の誕生と町のしくみ：近世大名堀尾氏の描いた都市デザイン』松江市教育委員会，2008年．</li>
<li>松尾寿「堀尾期の松江城下町」，島根大学附属図書館編『絵図の世界：出雲国・隠岐国・桑原文庫の絵図』ワン・ライン，2006年．</li>
<li>作野広和「城下町の地理」，乾隆明編著『松江藩の時代』山陰中央新報社，2008年．</li>
<li>佐藤滋『城下町の近代都市づくり』鹿島出版会，1995年．</li>
</ul>
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		<title>城下町松江を歩いてみよう、その1</title>
		<link>http://okudani.dokodemo-museum.com/674</link>
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		<pubDate>Mon, 02 Mar 2009 07:54:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>石川 陽春</dc:creator>
				<category><![CDATA[まち]]></category>

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		<description><![CDATA[●受け継がれる「城下町の骨組み」
グラフィック・デザインの仕事で，月に数回松江に通う生活ですが，かつては城下町松江の都市計画の歴史を研究するつもりで，松江の大学に在籍していました． 最終的には別のテーマで]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="attachment_676" class="wp-caption alignleft" style="width: 310px"><img class="size-medium wp-image-676" title="jokamachi_2" src="http://okudani.dokodemo-museum.com/wp-content/uploads/jokamachi_2-300x168.jpg" alt="鉤型路（松江市寺町）" width="300" height="168" />
<p class="wp-caption-text">鉤型路（松江市寺町）</p>
</div>
<p>●受け継がれる「城下町の骨組み」</p>
<p>グラフィック・デザインの仕事で，月に数回松江に通う生活ですが，かつては城下町松江の都市計画の歴史を研究するつもりで，松江の大学に在籍していました． 最終的には別のテーマで論文を書いたものの，今でも松江の市街地を歩くとき，思い浮かぶのは江戸時代以来の城下町松江の歴史です．</p>
<p>江戸時代の初め，城下町が整備されて間もないころの松江を描いた絵図が，今に伝わっています．《堀尾期松江城下町絵図》（島根大学附属図書館所蔵）は，城下町の整備に着手した堀尾氏が松江藩を治めた時代の，1620年から33年の間に描かれたと考えられています．</p>
<p>この絵図をひと目見て驚かされるのは，松江城を取り巻いて現在の中心市街地に張り巡らされた道路網のほとんどが，すでに描き尽くされていることです．後の時代に市街地が大火に見舞われたり，道路が拡幅されたりすることはあっても，松江の人々は，およそ400年前に作られた城下町の骨組みを受け継ぎながら市街地を維持してきたのです．</p>
<p>● 城下町の面影を探しに</p>
<p>松江と同じく江戸時代に整備された全国の城下町の中には，特に明治以降，鉄道の開通や近代的な都市計画の導入，あるいは空襲による被災などをきっかけに，市街地の大改造に踏み切った例が少なくありません．その意味で松江は，城下町の名残を市街地の随所に多くとどめる貴重な都市です．</p>
<p>城と城下町を囲む堀も，一部埋め立てられたとはいえ，ぐるり1周する観光遊覧船が就航するほどによく残されています．今日島根県庁がある場所は，藩庁と藩主一家の住まいを兼ねていた松江城三の丸でした．この地方の政治の中心地は，実に400年も同じ場所に置かれているわけです．</p>
<p>また，十字路にしてもよさそうな交叉点でも，微妙に筋違えになって直交していない箇所が，市街地のあちこちにあります．これは鉤（かぎ）型路と言って，いざ 城下町で合戦となって敵軍が押し寄せても，松江の地理に不慣れな敵にスンナリとは兵を進めにくくするための工夫．まさに武士が作り治めた城下町らしい，軍事的な配慮の好例です．</p>
<p>《堀尾期松江城下町絵図》（島根大学附属図書館）<br />
<a href="http://www.lib.shimane-u.ac.jp/0/collection/ezu/">http://www.lib.shimane-u.ac.jp/0/collection/ezu/</a></p>
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		<item>
		<title>小泉八雲とセント・パトリックス・デイ・パレード in Matsue</title>
		<link>http://okudani.dokodemo-museum.com/663</link>
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		<pubDate>Sun, 01 Mar 2009 09:17:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>石川 陽春</dc:creator>
				<category><![CDATA[まち]]></category>

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		<description><![CDATA[奥谷町の南西，武家屋敷の街並みの面影色濃い塩見縄手に，小泉八雲（1850-1904）の記念館と旧居が立ち並んでいます．
旧居は，松江尋常中学校に英語教師として勤務していた八雲が，熊本に転勤するまでの半年余りを過ごした家で [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="attachment_670" class="wp-caption alignleft" style="width: 310px"><img class="size-medium wp-image-670" title="yakumo_residence" src="http://okudani.dokodemo-museum.com/wp-content/uploads/yakumo_residence-300x168.jpg" alt="小泉八雲旧居" width="300" height="168" />
<p class="wp-caption-text">小泉八雲旧居</p>
</div>
<p>奥谷町の南西，武家屋敷の街並みの面影色濃い塩見縄手に，小泉八雲（1850-1904）の記念館と旧居が立ち並んでいます．</p>
<p>旧居は，松江尋常中学校に英語教師として勤務していた八雲が，熊本に転勤するまでの半年余りを過ごした家で，後に妻となる小泉セツと暮らしたことや，この家の庭の観察から「ある日本の庭で」（『知られぬ日本の面影』）という一文が生まれたことでも知られています．</p>
<p>小泉八雲という名は，後に日本に帰化してからの名前で，松江で暮らした当時はラフカディオ・ハーンと名乗っていました．</p>
<p>ハーンはアイルランド人の父とギリシア人の母の間に生まれ，生誕地のギリシアのレフカダ島にちなんで「ラフカディオ」と名付けられましたが，実は「パトリック」というファースト・ネームを持っていました．<br />
「パトリック」は，アイルランドにおけるキリスト教布教に大きな役割を果たしたとされる守護聖人と同じ名前です．</p>
<p>もっとも，ハーン自身はアイルランドで過ごした少年時代の体験からねカトリックの教義にはなじめず，「パトリック」という名前も積極的に名乗ろうとはしなかったのですが，八雲の曾孫・小泉凡さんからうかがったところによると，来日後のハーンは，遺言状にPatrick Lafcadio Hearnと署名したり，アイルランドにふるさとの味とも言えるプラム・プディングを大量したりと．アイルランド人のアイデンティティを再認識したかのような行動の跡を残したと言います．</p>
<p>「怪談」に代表される八雲の再話文学に見られるアイルランドの口承文芸との共通性はすでに多く指摘されていますが，一方で自覚的にも．自らがアイルランド人であることを受け容れていたのかも知れません．</p>
<p>そんな小泉八雲との縁が深い松江で，セント・パトリックス・デイ・パレードが3月8日に開催されます．</p>
<p>聖パトリックの命日3月17日の前後には，アイルランドをはじめ世界各地の街を，聖パトリックを記念してアイルランドのナショナル・カラーである緑色に着飾った人々の行列が闊歩します．</p>
<p>松江でのパレードは今年で3年目．堀川遊覧船による水上パレードや殿町・京店を往復する陸上パレード，会場周辺でのアイリッシュ・フェスティバル，そして当日と前日7日の夜には2日間限りのアイリッシュ・パブがカラコロ工房にオープンするなど，八雲が暮らした奥谷にほど近い街が，アイルランド一色に染まります．</p>
<p>7日，8日の両日は，奥谷タイムトンネルの各会場から少し足を伸ばして，八雲の記念館や旧居，セント・パトリックス・デイ・パレードやアイリッシュ・パブと合わせて楽しむのはいかがでしょうか．</p>
<p>セント・パトリックス・デイ・パレード in Matsue<br />
<a href="http://www.sanin-japan-ireland.org/parade/">http://www.sanin-japan-ireland.org/parade/</a></p>
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